前回は、ファシリティマネジメント(FM)の目的と、その目的を実現するための機能について学びました。
では、FMという考え方は、いつ、どこで生まれたのでしょうか。
建物を手入れし、人が活動しやすい環境を整える仕事そのものは、昔からありました。
一方、それらを組織の経営と結びつけ、専門分野として「ファシリティマネジメント」と呼ぶようになった歴史は、比較的新しいものです。
今回は、FMが必要とされた背景から、日本や世界へ広がっていった道のりまでをたどります。
まずは3択クイズ
【問題】ファシリティマネジメントが専門分野として発展した大きなきっかけは、次のうちどれでしょう?
- 高層ビルが増え、建物の修理だけでは対応できなくなったから
- 人・場所・仕事の仕組みを一緒に考える必要が高まったから
- すべての企業にFM担当者を置く法律ができたから
少し考えてから、ぴよまると一緒に答えを選んでみましょう。
🐥ぴよまる:ぼくは「1番」かな。大きなビルが増えたら、管理する仕事も大変になりそうだもん。
🐶うらのいぬさん:正解は、2番です。建物の大型化や設備の複雑化も背景の一つですが、それだけではありません。見分けるポイントは、建物だけでなく、そこで働く人や仕事の進め方まで一緒に考えるようになったことです。
では、なぜそのような考え方が必要になったのでしょうか。
建物を管理する仕事は昔からあった
🐥:FMが新しい分野なら、それより前は建物を管理していなかったの?
🐔にわのとりさん:もちろん、そんなことはないぞ。建物を修理し、掃除し、安全に使えるようにする仕事は、昔から行われていたんじゃ。
建物があれば、雨漏りや設備の故障に対応しなければなりません。
人が集まる場所では、清掃、安全、防災、温度管理なども必要です。
そのため、現在のFMにつながる仕事自体は、ファシリティマネジメントという言葉が定着するより前から存在していました。
ただし、それぞれの仕事は、建築、設備、清掃、警備、総務などに分かれて行われることが多く、施設全体を経営の視点からまとめて考える仕組みは、まだ十分に整っていませんでした。
😸うちのねこさん:名前がつく前から、仕事そのものはあったということだニャ。
🐔:そうじゃ。FMは、ある日突然、誰かがゼロから発明したものではない。もともとあった仕事や知識が結びつき、一つの専門分野として形になっていったんじゃよ。
1970年代のアメリカで、FMの考え方が形になった
FMが専門分野として形になり始めたのは、1970年代のアメリカだとされています。
当時、オフィスは大規模になり、設備や情報機器も複雑になっていきました。
組織の人数や仕事の進め方が変われば、必要なスペースや設備も変わります。机や部屋を用意するだけでなく、人、場所、設備、技術をどのように組み合わせるかが重要になりました。
🐥:建物を直すだけでは、仕事の変化に追いつけなくなったんだね。
🐔:そのとおりじゃ。建物を安全に保つことに加えて、場所をどう使えば人が活動しやすくなり、組織の目標を支えられるのかが問われるようになったんじゃ。
たとえば、従業員が増えたからといって、すぐに建物を増やせるとは限りません。
既存のスペースをどう使い直すか、部署をどこに配置するか、新しい情報機器をどう導入するか。その判断には、建築や設備だけでなく、経営、財務、人事、情報など、複数の分野を結びつける視点が必要です。
こうした背景から、施設に関わる仕事を個別に処理するだけでなく、組織全体の活動と結びつけて管理する考え方が育っていきました。
これが、現在のファシリティマネジメントにつながっています。
1980年、FMを支える専門団体が誕生した
FMが専門分野として広がるうえで、大きな節目となったのが1980年です。
この年、アメリカで、現在のIFMAにつながる専門団体が設立されました。
IFMAとは、International Facility Management Associationの略で、日本語では一般に「国際ファシリティマネジメント協会」と呼ばれます。
🐥:IFMAって、FMを管理する世界政府みたいなもの?
🐶:政府や規制機関ではありません。FMに携わる人たちが知識や経験を共有し、専門能力を高めるための国際的な団体です。
IFMAの設立によって、さまざまな組織で行われていたFMの知識や実務を、専門分野として整理し、共有する動きが進みました。
教育、研究、人材育成、資格、国際交流などを通して、FMという仕事の輪郭が少しずつ明確になっていったのです。
ただし、IFMAがFMそのものを発明したわけではありません。
すでに現場で生まれていた課題や考え方を集め、専門家が学び合える土台をつくった、と考えると分かりやすいでしょう。
🐥:必要な仕事が先にあって、あとから名前や学ぶ仕組みが整ったんだね。
🐔:うむ。そこが歴史を見るときの大切なところじゃ。
FMは日本へ、そして国際的な共通の考え方へ
アメリカで専門分野として形になったFMは、その後、世界各地へ広がっていきました。
日本でも、オフィスの高度化、企業活動の変化、建物の維持費や不動産の有効活用などが課題となり、FMへの関心が高まりました。
1987年には、現在の公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)につながる団体が設立され、日本でもFMの普及や人材育成が進められるようになりました。
その後、FMに関する資格制度や教材も整えられ、企業だけでなく、学校、病院、公共施設など、さまざまな場所でFMの考え方が活用されていきます。
さらにFMは、一つの国や業界だけの考え方ではなくなりました。
2010年代には、FMの用語やマネジメントシステムに関する国際規格が整備され、国を越えて考え方を共有するための土台がつくられました。
現在のFMは、建物や設備の管理にとどまりません。
- 働き方の変化
- 省エネルギー
- 災害への備え
- 情報通信技術の活用
- 建物の長寿命化
- 健康や働きやすさ
- 持続可能な社会への対応
このような幅広い課題を扱う分野へ発展しています。
😸:最初はオフィスの話だったのに、ずいぶん守備範囲が広くなったニャ。
🐶:組織の活動や社会の課題が変われば、それを支える施設の役割も変わります。FMも、時代に合わせて広がってきたのです。
なぜFMの歴史を知る必要があるの?
FMの歴史は、年号を覚えるためだけのものではありません。
歴史をたどると、FMがなぜ建物管理だけではないのかが見えてきます。
建物を修理する仕事は、FMという言葉が生まれる前からありました。
そこへ、人の働き方、組織の目標、費用、情報、環境などを一緒に考える必要が加わったことで、FMという専門分野が形になりました。
つまり、FMの歴史は、
建物を見る仕事から、建物の向こう側にいる人や組織まで見る仕事へ
と視野が広がってきた歴史でもあります。
🐥:FMが広がったのは、立派な建物をつくりたかったからじゃなくて、変わっていく仕事や社会を支える必要があったからなんだね。
🐔:その理解が大切じゃ。FMは、完成した考え方を守るだけのものではない。時代の変化に合わせて、今も役割を広げ続けているんじゃよ。
今日のまとめ
冒頭のクイズの正解は、
2.人・場所・仕事の仕組みを一緒に考える必要が高まったから
でした。
建物の維持管理や、利用しやすい環境を整える仕事は、昔から行われていました。
しかし、施設を人の活動や組織の経営と結びつけ、一つの専門分野として考える動きが形になったのは、1970年代から1980年代にかけてです。
歴史の流れを、簡単に振り返ってみましょう。
- 昔から:建物の修理、清掃、安全管理などの仕事は存在していた
- 1970年代:アメリカで、人・場所・技術を総合的に考えるFMの概念が形になった
- 1980年:IFMAが設立され、FMの専門知識を共有する動きが広がった
- 1980年代以降:日本を含む各国へFMが広がった
- 2010年代以降:国際規格が整備され、世界で共有できる考え方へ発展した
FMは、ある日突然生まれた魔法ではありません。
現場にあったさまざまな困りごとと、そこで積み重ねられた工夫が結びつき、少しずつ一つの専門分野になったものです。
その歩みは、建物の歴史というより、人がよりよく活動できる場所を探してきた歴史なのかもしれません。
次回予告:FMと法律はどう関係している?
次回は、建物の安全や環境を守るための法律と、FMの関係を見ていきます。
法律で義務づけられていることと、FMとして考えることには、どのような違いがあるのでしょうか。
参考資料・関連情報
- International Facility Management Association(IFMA)|About IFMA
IFMAが1980年に設立されたことを確認できる公式ページです。ページは英語ですが、本記事では必要な部分を日本語で要約しています。 - 公益社団法人 日本ファシリティマネジメント協会
日本におけるFMの普及と、ファシリティマネジャーの育成を行っている公式団体です。 - ISO 41011:2024 — Facility management — Vocabulary
現在のFMに関する用語を整理した国際規格です。
※FMの起源については、建物管理の実務、職業としての成立、専門団体の設立など、何を「始まり」とするかによって説明が異なる場合があります。本記事では、FMが専門分野として形になった流れを中心に整理しています。
