「会社が事業を売却する」
そんなニュースを見たとき、
「儲からなくなったから売るのかな?」
と思ったことはありませんか?
もちろん、収益性が低くなった事業を手放すケースはあります。
でも、企業が事業を売る理由はそれだけではありません。
利益が出ている事業でも、「これから自社が力を入れていく中核事業ではない」と判断すれば、売却することがあります。
そして、企業が事業を入れ替えようとするときに生じるハードルの一つが、売却益に対する税負担です。
政府は現在、企業が非中核事業を売却し、その資金を成長事業のM&Aなどへ再投資した場合、売却益への課税を繰り延べる新しい税制を検討しています。
なぜ、事業を売るときの税金を繰り延べる必要があるのでしょうか。
今回は、「事業を売る」「税金がかかる」「次の事業へ投資する」というお金の流れから、この税制案を考えてみます。
ぴよまる「儲かっている事業でも売るの?」
🐥 ぴよまる:会社って、いろいろな事業をやっているよね?
🐔 にわのとりさん:そうじゃな。食品も作る、不動産も持つ、別のサービスも手がける……という会社もあるのう。
🐥:会社が『これからは、この事業にもっと力を入れよう!』と決めたら、それ以外の事業はどうするの?
🐔:そのまま持ち続けることもあれば、別の会社へ売却することもある。
🐥 :えっ。儲かっている事業でも売るの?
🐔 :もちろんあるぞ。儲かるかどうかと、自社の中核事業かどうかは別の話じゃからな。
🐥 :へえ! 『いらない事業を処分する』というだけじゃないんだ。
🐔 :そうじゃ。限られた人やお金を、これからもっと力を入れたい事業へ移すために売却することもあるんじゃよ。
🐥 :だったら、どんどん売って入れ替えればいいじゃん!
🐔 :ところが、事業を売るのは、そんなに簡単ではないんじゃ。
長く続けてきた事業なら、そこで働く人がいます。取引先との関係もあります。
買い手を探し、売却価格や条件をまとめる必要もあります。
そして、そうしたさまざまな事情の一つに、売却益にかかる税金があります。
🐥 :税金も関係するの?
🐔 :事業を売って利益が生じれば、そこに税負担が発生する場合があるからのう
🐥 :なるほど。税金だけが売れない理由ではないけれど、事業を入れ替えるときのハードルの一つになるんだね。
🐔 :そういうことじゃ。今回の税制案は、そのハードルの一つを軽くしようという話なんじゃよ。
非中核事業の売却は「儲からない事業を手放す」とは限らない
ここでまず、「非中核事業(ノンコア事業)」という言葉を整理しておきましょう。
非中核事業というと、
- 赤字事業
- 儲からない事業
- 将来性のない事業
を想像しがちです。
しかし、必ずしもそうではありません。
利益を出している事業でも、その会社がこれから力を入れていく中核事業との関係が薄かったり、別の会社が保有したほうがさらに成長できると判断されたりすれば、売却の対象になることがあります。
つまり、
「儲からないから売る」
だけではなく、
「この事業は悪くない。でも、これから自社が経営資源を集中させたい分野ではない」
という理由で手放すこともあるわけです。
企業が事業を売却したというニュースを見たとき、「業績が悪かったのかな?」だけではなく、
「この会社は、これから何を中核事業にしようとしているのだろう?」
と考えてみると、その企業の経営戦略が少し見えやすくなります。
事業を100億円で売っても、100億円が利益になるわけではない
仕組みを理解するために、かなり単純化した例を考えてみます。
ある会社が事業を100億円で売却したとしましょう。
しかし、100億円のすべてが「利益」になるわけではありません。
仮に、その事業の税務上の帳簿価額などを40億円として、非常に単純化すると、
売却価格100億円 - 帳簿価額など40億円 = 売却益60億円
となります。
ここで大切なのは、100億円の売却代金そのものに約30%の税金がかかるわけではないということです。
売却によって利益が生じ、それが課税所得となれば、法人税などの税負担が発生します。
説明のため、課税所得を60億円、税負担を約30%として計算すると、
60億円 × 約30% = 約18億円
となります。
企業は税金を支払った分だけ手元資金が減り、次の成長事業へ回せる再投資余力も小さくなります。
今回の税制案を理解するうえで重要なのは、この「再投資に使える資金」の部分です。
※実際の事業売却の税務は、もっと複雑です
ここでは仕組みを分かりやすくするため、かなり単純化しています。
実際の事業売却では、
- のれん
- 資産の含み損益
- 繰越欠損金
- 株式譲渡なのか、事業譲渡なのか
などによって、課税所得や税負担は変わります。
そのため、実務では、売却益と課税所得が一致しない場合もあります。
ここでの例はあくまで、
「事業を売却して課税所得が生じた場合、税金の支払いによって手元資金が減り、再投資に使える資金にも影響する」
という仕組みを理解するためのものです。
政府が考えているのは「再投資するなら課税を繰り延べる」仕組み
そこで政府が検討しているのが、事業売却に伴う課税を繰り延べる仕組みです。
報道されている案では、企業が非中核事業を売却し、その資金を一定期間内に成長事業のM&Aなどへ再投資する場合、一定の条件のもとで売却益への課税を繰り延べることが想定されています。
企業から見ると、次のような流れです。
事業を売却する
↓
売却益が発生する
↓
通常なら、課税による資金流出が生じる
↓
一定の条件を満たせば、課税を繰り延べる
↓
当面の税金支払いによる資金流出を抑える
↓
より多くの手元資金を次の成長投資へ回す
つまり、
「税金が高いから事業を売れない」
という単純な話ではありません。
事業を売却して次の成長分野へ資金を移そうとしたとき、税金の支払いによって再投資余力が小さくなる。
その資金流出を抑えることで、企業が事業ポートフォリオを組み替えやすくしようという発想です。
「繰り延べ」って、数年後に払うということ?
ここは少し注意が必要です。
今回報じられているのは、「課税を繰り延べる制度」です。
「繰り延べ」とは一般に、すぐに課税するのではなく、課税するタイミングを将来へ移す考え方です。
ただし、今回の案は単に、
「2年、3年だけ納税を先送りする」
というものとは限りません。
ロイターは、所定の条件を満たした場合、売却益への課税を無期限に繰り延べる案が検討されていると報じています。
では、
「繰り延べた税金は、最終的に必ず払うの?」
という疑問が出てきます。
現時点では、そこまで断定することはできません。
どのような場合に繰延べが終了して課税されるのか、最終的に必ず課税される制度になるのかなどは、今後の制度設計によります。
したがって現段階では、
「税金がなくなる」
とも、
「いつか必ず全額を払う」
とも決めつけず、
「一定の条件を満たした場合、売却益への課税を長期間繰り延べる仕組みが検討されている」
と理解しておくのがよさそうです。
でも、なぜ国がそこまで事業の入れ替えを応援するの?
🐥 :でもさ、どうして国が税制まで変えて、会社の事業売却を応援するの?
🐔 :“売ること”そのものを増やしたいわけではないんじゃ。
🐥 :じゃあ、何が目的なの?
🐔 :会社が持っている限られたお金や人を、もっと価値を生み出せるところへ移してほしいんじゃよ。
たとえば、ある会社にA、B、Cという三つの事業があるとします。
- A事業は、今後大きな成長が期待できる
- B事業は、安定している
- C事業も利益は出ているが、会社がこれから目指す方向とは少し離れている
この場合、C事業をそのまま持ち続けることだけが正解とは限りません。
C事業を、より上手に育てられる別の企業へ売却し、そこで得た資金をA事業や新しい成長分野へ振り向ける。
こうした「事業ポートフォリオの組み替え」も、企業が成長するための重要な経営判断です。
日本企業は「買う」だけでなく「売る」ことも課題
一方、日本でもM&Aは活発になっています
しかし、新しい会社や事業を「買う」だけでなく、既存の事業を「売る」ことで資金や人材を組み替えていくことも重要です。
その背景には、限られた資本を、より高い価値を生み出せる事業へ振り向ける必要があるという問題があります。
経済産業省が2026年7月に公表した「成長投資ガイダンス」でも、資本効率の改善に加え、事業ポートフォリオの不断の見直しや、成長事業への戦略的な投資の重要性が示されています。
つまり今回の税制案は、
「もっと事業を売りましょう」
という話ではありません。
事業を売る
↓
資金を回収する
↓
より成長や価値創出が期待できる事業へ資本を振り向ける
という、企業内の資本の循環を促そうとしているわけです。
会社の成長というと、
- 新しい会社を買った
- 新工場を建てた
- 新しい事業を始めた
など、どうしても「増やす」ことに目が向きます。
でも経営では、
「何を始めるか」と同じくらい、「何をやめるか」「何を手放すか」も重要
なのです。
私たちには関係ない「大企業の税金」の話?
ここまで読むと、
「なるほど。でも大企業の税金の話で、私たちにはあまり関係ないかな」
と思うかもしれません。
ところが、意外とそうでもありません。
会社員への影響
事業売却や企業再編が活発になれば、事業の売却・撤退、他社への事業譲渡、組織再編、人員配置の変更などが起こる可能性があります。
これから会社を見るときは、
「何を始めたか」だけでなく、「何を手放したか」
も重要な情報になりそうです。
管理部門への影響
事業は、売却契約を結べばそれで終わりではありません。
契約、会計、システム、資産、人員、取引先との関係など、さまざまなものを整理・移管する必要があります。
企業の事業再編が増えれば、こうした実務に携わる仕事も増えるでしょう。
投資家への影響
投資家にとっても、これは面白い視点です。
非中核事業を売却し、その資金をより高い収益や成長が期待できる事業へ投入できれば、企業全体の収益性や資本効率が改善する可能性があります。
もちろん、
「事業を売れば株価が上がる」
という単純な話ではありません。
見るべきなのは、
- 何を売ったのか
- なぜ売ったのか
- そのお金を何に使うのか
です。
税金を繰り延べれば、会社は成長するの?
🐥 :分かった! じゃあ、この税制ができれば、会社はどんどん成長するんだ!
🐔 :いやいや、そこまでは言えんぞ。
🐥 :えー!
🐔 :課税を繰り延べて手元に資金が残っても、そのお金の使い方が悪ければ意味がないからのう。
🐶 うらのいぬさん:大切なのは、売った後にどこへ資金を振り向けるか、だわん。
🐔 :そのとおりじゃ。
🐱 うちのねこさん:使わない猫じゃらしを売って、高級爪とぎへ集中投資ニャ。
🐔 :おぬしの場合は、まず猫じゃらしを売れるのかという問題がある。
🐱:売らないニャ。猫じゃらしも高級爪とぎも、どっちも中核事業ニャ。
🐥:ねこさん、事業を整理する気がないね。
★まとめ 企業を見るなら「何を買ったか」だけでなく「何を売ったか」
今回検討されている新税制は、単純な「企業への減税策」と考えると、本質が少し見えにくくなります。
背景にあるのは、
非中核事業を手放す
↓
売却によって資金を回収する
↓
課税による当面の資金流出を抑える
↓
より多くの資金を成長分野へ再投資する
という資本の流れです。
売却益への課税は、企業が事業を手放すことをためらう理由のすべてではありません。
非中核事業も、必ずしも「儲からない事業」ではありません。
そして、課税の繰延べが最終的にどのような制度になるのかも、現時点ではまだ決まっていません。
それでも、今回のニュースから見えてくる大きな流れがあります。
それは、
企業は「何を買うか」だけではなく、「何を手放し、そこで生まれた資金をどこへ振り向けるか」も問われるようになっている
ということです。
これから企業の事業売却というニュースを見かけたら、
「この会社は、次にどこへお金を向けようとしているのだろう?」
そんな目でニュースを眺めてみると、その会社が目指している未来が、少し見えてくるかもしれません。
※本記事は2026年8月25日時点の公表資料・報道をもとに作成しています。今回紹介した税制は検討段階であり、今後、対象要件や課税の取り扱いなどが変更される可能性があります。
参考リンク
🔗ロイター「政府、非中核事業の売却益で課税繰り延べ検討 事業再編を促進=関係者」
今回の記事の直接のニュースソース。非中核事業の売却資金を中核事業の買収などへ再投資することを条件に、売却益への課税を無期限に繰り延べる案が検討されていると報じています。
🔗経済産業省「成長投資ガイダンス」の公表について
資本効率の改善に加え、事業ポートフォリオの見直しや成長事業への戦略的な投資を重視する、2026年7月公表の資料です。
🔗経済産業省「コーポレートガバナンスに関する各種政策について」
事業ポートフォリオの見直しや、企業価値向上に向けた経営改革の考え方を確認できます。
