中東情勢が緊迫すると、ニュースでたびたび登場する「ホルムズ海峡」。
日本が輸入する原油の9割以上は中東産で、その多くがホルムズ海峡を通って日本へ運ばれます。
つまり、日本の現在の原油調達は、ホルムズ海峡を通るルートへの依存度が非常に高い構造になっています。
ホルムズ海峡が止まったら、石油はすぐになくなる?
ただし、
「ホルムズ海峡の航行に支障が出たら、日本の石油がすぐになくなる」
という意味ではありません。
日本は、原油の輸入が途絶えるような非常事態に備えて、国家備蓄、民間備蓄、産油国共同備蓄という形で大量の石油を備蓄しています。
資源エネルギー庁によると、2026年4月末時点では、石油備蓄法に基づく計算で合計210日分の備蓄があります。
今回の中東情勢を受けて、政府は国家備蓄の活用も進めています。
つまり問題は、
「ホルムズ海峡で何か起きたら、明日から石油がなくなる」
ということではありません。
問題なのは、混乱が長期化した場合です。
中東からの原油輸入が長期間滞れば、備蓄を取り崩しながら、別の地域から原油を確保しなければなりません。
ところが、別の国から買えば簡単に代替できるわけでもありません。
では、なぜ日本の原油調達はこれほど中東に集中しているのでしょう。
そして政府が進めようとしている「調達先の多角化」とは、何を変えようとしているのでしょうか。
🐥ぴよまるたちと一緒に考えてみましょう。
🐥いろんな国から買えばいいんじゃないの?
🐥ぴよまる: にわのさん、日本って中東から原油をたくさん買ってるんだよね?
🐔にわのとりさん: そうじゃ。日本が輸入する原油の9割以上を中東地域に頼っておるんじゃよ。
🐥:9割以上!?
🐱うちのねこさん: 卵を一つのカゴに入れすぎニャ。
🐥:ねこさん、今日はまともなこと言った!
🐱:失礼だニャー。
🐥:でも、それならアメリカとか、ほかの国からも買えばいいよね。どうして今までそうしなかったの?
🐔:そこが今日の大事なところじゃ。
🐶うらのいぬさん: 実は「仕入れ先を分散すれば解決」というほど簡単ではないんだわん。
日本の原油は9割以上を中東に依存している
日本は原油のほとんどを海外から輸入しています。
資源エネルギー庁によると、2023年度の原油供給に占める輸入比率は99.7%。
そして、輸入原油の94.7%が中東産でした。
主な輸入先は、次のとおりです。
- アラブ首長国連邦(UAE):40.9%
- サウジアラビア:39.4%
- クウェート:8.2%
- カタール:4.5%
つまり、日本で使う原油のほとんどを海外から輸入し、その輸入先も中東に大きく偏っているのです。
だから中東で大きな問題が起こると、日本のエネルギー供給は強い影響を受けます。
その象徴ともいえる場所が、ホルムズ海峡です。
ホルムズ海峡ってどこ?
ホルムズ海峡は、ペルシャ湾と外海を結ぶ狭い海峡です。
ペルシャ湾沿岸には世界有数の産油国が集まっており、そこで積み込まれた原油の多くがホルムズ海峡を通って世界へ運ばれます。
日本へ向かうタンカーにとっても重要な通り道です。
つまり、この海峡で船舶の航行に大きな支障が出れば、
「原油はあるのに、日本まで運べない」
という事態が起こり得ます。
ただし、日本にはこうした供給途絶に備えた石油備蓄があります。したがって、ホルムズ海峡で航行に支障が出たからといって、直ちに国内の石油供給が止まるわけではありません。
問題になるのは、混乱が長期化した場合です。備蓄には限りがあるため、その間に代替となる原油と輸送ルートを確保する必要があります。
影響を受けるのはガソリンや軽油だけではありません。
航空燃料、工場で使う燃料、石油化学製品、包装材など、私たちの暮らしや産業のさまざまなところへ影響が広がります。
実は日本は一度、中東依存を減らしていた
ここで少し意外な事実があります。
日本は、ずっと中東依存を放置してきたわけではありません。
二度のオイルショックなどを経験した日本は、原油の輸入先を分散しようとしてきました。
1967年度には91.2%だった中東依存度は、中国やインドネシアなどからの輸入が増えたことによって、1987年度には67.9%まで低下しました。
つまり、一度は7割を切るところまで分散できていたのです。
ところが、その後状況が変わります。
中国や東南アジア諸国自身の原油需要が増え、それまで輸出していた原油を国内向けに使うようになりました。
近年はロシアからの輸入も減少しています。
その結果、日本の中東依存度は再び上昇。2023年度には94.7%になっています。
日本は何もしてこなかったわけではない。
一度は分散した。それでも再び中東への依存度が高くなった。
ここに、日本のエネルギー問題の難しさがあります。
🐥だったらアメリカから買えばいいんじゃない?
🐥:でもアメリカだって原油を作っているんだよね?
🐔:もちろんじゃ。
🐥:じゃあアメリカからいっぱい買えばいいじゃん!
🐔:その前にぴよまるよ。「原油」なら、どこのものでも同じだと思っておらんか?
🐥:……黒い油? みたいな?
🐱:雑ニャ。
🐶:実は原油にも、それぞれ性質の違いがあるんだわん。
原油は「どこの国のものでも同じ」ではない
一口に原油といっても、すべて同じではありません。
産地によって、軽質・重質といった違いや、硫黄分の多い・少ないといった違いがあります。
そして製油所には、それぞれの原油を効率よく精製するための設備があります。
日本の製油所は、長年大量に輸入してきた中東産原油を処理するのに適した装置構成になっています。
もちろん、日本の製油所には米国産など中東以外の原油を処理してきた実績もあります。
しかし、
「中東産が来なくなったから、同じ量の別の原油を買ってきて、そのまま全部入れ替えればいい」
というほど単純ではありません。
欲しい性状の原油を十分な量確保できるのか。
今の製油所で効率よく処理できるのか。
異なる原油をどのように組み合わせるのか。
さらに輸送コストやタンカーの確保まで考える必要があります。
原油の調達先を変えるということは、「お店を変える」だけの話ではないのです。
🐥それにしても、アメリカから運べないの?
🐥:でも、使える原油が見つかればアメリカから運べるんだよね?
🐔:もちろんじゃ。ただし今度は距離の問題がある。
🐥:どれくらい違うの?
🐔:中東のペルシャ湾から日本までは、タンカーで約20日じゃ。
🐥:じゃあアメリカは?
🐔:米国本土のメキシコ湾岸からなら、約55日かかる。
🐥:……倍どころの話じゃないんだね。
🐱:船旅を満喫できるニャ。
🐶:原油は観光旅行をしているわけではないんだわん。
🐥:でも、アラスカなら日本に近いんじゃなかったっけ?
🐔:おお、よく気づいたのう。アラスカのバルディーズからなら約15日じゃ。
🐥:それなら中東より近いね!
🐔:ところが今度は、一度に運べる量など別の問題が出てくるんじゃよ。
🐥:むむむ……。
距離だけでも決まらない
経済産業省の資料では、原油の輸送について次のように比較されています。
- 中東・ペルシャ湾 → 日本:約20日
- 米国本土・メキシコ湾岸 → 日本:約55日
- 米国アラスカ・バルディーズ → 日本:約15日
ところが、航海日数だけでは判断できません。
中東からは、約27万キロリットルを運べる大型タンカー(VLCC)が主に使われています。
一方、アラスカからの輸送では約17万キロリットルの中型タンカーが想定されています。
つまりアラスカは近くても、一度に運べる量が少ない。
逆にメキシコ湾岸からなら大量輸送もできますが、航海日数が長くなります。
航海日数が長くなれば、同じ量の原油を継続的に日本へ届けるために、より多くのタンカーが必要になります。
さらに世界全体でタンカーが不足すれば、輸送そのものが難しくなる可能性もあります。
だから、
「中東が危ないならアメリカから買えばいい」
にも、次のような問題がついて回ります。
- どこの油田から?
- どんな性質の原油を?
- どの製油所で処理する?
- どの船で?
- 何日かけて?
- どのくらいの量を?
- そして、いくらで?
政府が進める「原油調達の多角化」とは
こうした問題を受け、政府は2026年8月26日のGX実行会議で、新たな「パワーGX」の方向性を示しました。
柱の一つが、
「化石燃料の調達先の多角化・リスク低減」
です。
その具体策の一つとして、原油やナフサの調達多角化に取り組む事業者に対し、インセンティブを付与する仕組みの導入を検討するとしています。
ここは大切なところです。
新しいインセンティブ制度が、すでに始まったわけではありません。
現時点では、制度の導入を検討する段階です。
政府は今後、今回示した取り組みの具体化を進め、「パワーGX戦略」として年末までに取りまとめる方針です。
また、今回まとめられた施策については、次の国会への法律案提出を含め、実行できるものから速やかに着手するとしています。
整理すると、次のようになります。
- 原油の調達先を多角化する方向:政府方針
- 事業者へのインセンティブ制度:検討段階
- 具体的な制度・法律:これから
なぜ政府の後押しが必要なの?
ここまで見てくると、政府がインセンティブ制度を検討する理由も見えてきます。
企業にとっては、安定して大量に調達でき、製油所も対応している中東産原油を使うことには合理性があります。
一方、国全体で考えれば、一つの地域への依存度が高すぎることは大きなリスクです。
つまり、
企業にとって合理的な選択と、国のエネルギー安全保障にとって望ましい選択が、必ずしも一致しない
ことがあります。
そこで政府が、
「多少コストがかかっても、調達先を分散する企業を後押しできないか」
と考えているわけです。
「安さ」と「安全」、どちらを取る?
最も安く効率よく調達できるところから原油を買えば、平時のコストは抑えられます。
しかし、一つの地域に依存すれば、そこで問題が起きたときの被害は大きくなります。
一方、多少高くても複数の地域から調達しておけば、危機には強くなります。
つまり、
効率を追えば「集中」。
危機に備えるなら「分散」。
この二つをどう両立させるかという問題です。
そして分散にかかるコストは、最終的にガソリン価格やさまざまな商品の価格、あるいは政策に必要なお金として、私たちの暮らしにも関係してきます。
エネルギーの安全には、お金がかかる。
そこまで含めて考える必要がありそうです。
🐥ガソリン補助とは違う話なんだね
🐥:分かってきた。ガソリンが高くなったから補助金を出すのとは違うんだね。
🐔:そうじゃな。
🐶:補助金は、価格が急に上がったときの負担を和らげる対策です。今回の調達先の多角化は、もっと根っこの部分を変えようという話なんだわん。
🐥:つまり……
高くなったら助ける
だけじゃなくて、
そもそも一つの場所で何か起きただけで困る仕組みを変える
ってこと?
🐔:そういうことじゃ。
🐱:猫のごはんも二袋備蓄しておくニャ。
🐥:それは単なる食いしん坊では?
🐱:エネルギー安全保障ニャ。
まとめ
日本は原油のほとんどを海外から輸入し、その9割以上を中東地域に依存しています。
しかし、日本は何も対策してこなかったわけではありません。
原油輸入先の多角化を進め、中東依存度を一時67.9%まで下げたこともありました。
それでも、アジア産油国の国内需要増加やロシアからの輸入減少などによって、再び9割を超えるまで上昇しています。
そして中東依存を減らすことも、単に別の国から同じ原油を買えば済む話ではありません。
- 原油の性質
- 製油所の設備
- 輸送距離
- タンカーの大きさと数
- 調達コスト
- 安定して確保できる量
まで考える必要があります。
政府が進めようとしている原油調達の多角化は、
これまでの「安く効率よく調達する仕組み」に、多少コストをかけてでも「危機への強さ」を加える
という取り組みでもあります。
ただし、事業者へのインセンティブ制度はまだ検討段階です。
今後、どのような制度になり、実際に日本の中東依存をどこまで下げられるのか。
これからも注目していきたいと思います。
ガソリン価格のニュースを見るときも、1リットル何円になったかだけでなく、
「その原油は、どこから、どんな船で、どんなルートを通って日本へ来ているのか」
まで少し想像してみると、ニュースの景色が変わって見えるかもしれません。
参考資料
おりたたみ劇場🐥もっと考えてみよう――原油調達の多角化とファシリティマネジメント
🐥:今日のお話って、前に勉強したファシリティマネジメントと似ている気がするんだ。
🐔:ほう。原油の話と、どこが似ておるんじゃ?
🐥:ほら、リスク管理だよ。
ホルムズ海峡で何か起きること自体を、日本がなくすことはできないでしょう?
🐔:そうじゃな。
🐥:だったら、「何も起きないようにする」んじゃなくて、何か起きても困りすぎないように準備しておく。
これ、ファシマネで考えたことと似てない?
🐶:よく気づきましたね。では、今日のお話をファシリティマネジメントの考え方に当てはめてみるんだわん。
🐥:やってみよう!
石油備蓄――すぐに機能を止めないための備え
🐔:まず、石油備蓄じゃ。
もし原油の輸入に支障が出ても、すぐに国内供給が止まらないように、あらかじめ余裕を持たせておく。
🐥:建物なら、非常用の備蓄品とか非常用電源みたいなもの?
🐔:そうじゃな。普段は使わなくても、非常時に機能を維持するための備えという点では似ておる。
🐶:「何か起きたときに、すぐ機能停止しないための備え」ですね。
調達先の多角化――一つに頼りすぎない
🐔:次は、原油の調達先の多角化じゃ。
一つの地域だけに頼らず、複数の調達先を持っておく。
🐥:これは分かる! リスクの分散だね。
🐶:一つの設備や一つの供給元が止まっただけで、全体が止まってしまう状態を避ける考え方なんだわん。今日の話でいえば、「中東だけに頼りすぎない」という発想ですね。
代替手段――非常時になる前に考えておく
🐔:そして、代わりの手段を用意しておくこと。
中東から調達できない場合に、米国など別の地域から調達できる可能性を持っておく。
🐥:でも今日見たように、「じゃあアメリカから!」ですぐ解決するわけじゃなかったね。
原油の性質も違うし、製油所との相性もある。運ぶ船や日数も違う。
🐶:だからこそ、非常事態になってから初めて考えるのではなく、平時から代替手段を検討しておくことが大切なんですね。
使わない備えは「ムダ」なの?
🐥:でもさ。こういう備えって、お金がかかるよね?
何も起きなかったら、もったいなく見えない?
🐔:そこがリスク管理の難しいところじゃ。
非常用発電機を考えてみると分かりやすい。普段はほとんど使わなくても、点検や燃料、更新にはお金がかかる。
🐥:何十年も大停電が起きなかったら、「これ要る?」って言われそう。
🐔:じゃが、本当に停電したときには――
🐥:「非常用発電機、要るわ」
🐱:猫用ヒーターも止まるニャ。
🐥:そこなの?
🐱:極めて重大な事業継続リスクニャ。
🐶:ねこさんの事業が何なのかはさておき……。
平時の効率と非常時のレジリエンス
🐔:つまりリスク管理では、平時の効率だけを考えればよいわけではないんじゃ。
効率を追えば、集中する。
危機に備えれば、余裕や代替手段を持つ。
そのバランスをどう取るかが大切なんじゃよ。
🐥:ああ。今日の原油の話も同じなんだ。
中東から買うのが安くて便利だからといって、そこに頼りすぎると、何か起きたときの影響が大きくなる。
だから、多少お金がかかっても別の調達先を持てるようにしておく。
🐶:そうですね。
ファシリティマネジメントでは、建物や設備を「普段どれだけ効率よく使うか」だけでなく、「いざというときも必要な機能を維持できるか」という視点でも考えます。
今日の原油の話も、国全体を一つの巨大な社会インフラとして考えると、よく似た構造なんだわん。
🐥:なるほど!
建物なら、非常用電源や備蓄、代わりに使える設備を用意しておく。
日本全体なら、石油を備蓄したり、原油の仕入れ先を分散したり、別の輸送ルートを確保したりする。
🐔:規模はまったく違うが、「何かが起きても全部が止まらないように、あらかじめ備えておく」という考え方は共通しておるのう。
🐶:一見すると「ムダ」に見える備えや余裕が、非常時にはレジリエンス――機能を維持し、立ち直る力になるんだわん。
🐥:原油の話をしていたのに、ファシリティマネジメントにつながっちゃった。
🐔:扱うものは違っても、リスクとの付き合い方には共通するところがあるんじゃな。
🐥:なるほど。今日の原油の話って、結局は「どう備えるか」の話だったんだね。
🐱:つまり猫のごはんを二袋備蓄するのも――
🐥:それはもういいです。
🐱:リスク管理ニャ。
